ある経営者からの相談
「うちには次世代リーダーがまったく育たない。何度研修をやっても、変わらないんです」
数ヶ月前、ある製造業の経営者の方から、こんな相談を受けました。年商数十億円規模の会社で、既に複数の研修会社に依頼して、次世代リーダー育成の取り組みを続けてきた企業です。
話を聞いていくと、その経営者は本気で悩んでいました。若手や中堅社員に「もっと自分で考えて動いてほしい」「次世代のリーダーとして育ってほしい」と、何年も願い続けている。しかし、社員たちは指示を待つばかりで、リーダーとして育っていく気配がない。
私はこの相談を受けたとき、深く同情する一方で、ある強い既視感を覚えました。
なぜなら、この経営者が語る問題の構造は、私がこれまで累計200社以上の企業と関わる中で、繰り返し目撃してきたパターンそのものだったからです。
「次世代リーダーが育たない」と悩む経営者は、驚くほど多い。しかし、その多くの企業で、失敗の原因は驚くほど似通っています。そして、その原因は多くの場合、経営者自身が予想している場所とは、別のところにあります。
この記事では、私がこれまで多くの企業を見てきた中で、次世代リーダー育成が失敗する共通のパターンを、5つに整理してお伝えします。特に、失敗の大半を占める「経営者側」の3つの問題と、実行面で起こる2つの落とし穴について、率直に書きます。
一部は、経営者にとって耳が痛い内容かもしれません。しかし、これは私自身も一人の経営者として、日々自分自身に問い続けているテーマでもあります。私は元陸上自衛隊員を経て株式会社K-7を立ち上げ、経営者としての立場を経験してきました。その中で、リーダー育成の難しさは、決して他人事ではないと痛感してきました。
次世代リーダー育成に本気で取り組みたい経営者・人事担当者の方に、明日からの取り組みのヒントをお届けします。
第1章:失敗の大半は「経営者側」に起因する – 3つのパターン
次世代リーダー育成が失敗する理由には、様々なものがあります。研修プログラムの質、対象者の選定、実施のタイミング、費用対効果、社内の巻き込み方——挙げていけば、無数の要因が思い浮かびます。
しかし、私が現場で見てきた実感として、率直に言うと、失敗の大半は「経営者側」に起因しています。研修プログラムそのものよりも、経営者の姿勢や関わり方が、成否を分けています。
多くの経営者は、次世代リーダー育成の失敗を「研修が悪かった」「対象者が悪かった」「タイミングが悪かった」と外部要因に求めがちです。しかし、私が現場で目撃してきた真実は、経営者自身が失敗の主要因になっているケースが圧倒的に多いということです。
この事実は、多くの経営者にとって受け入れがたいかもしれません。しかし、この真実と向き合うことこそが、次世代リーダー育成を成功させる第一歩になります。
ここでは、経営者側に起因する3つの失敗パターンを整理します。
パターン1:経営者が本音では「自分の言う通りに動く人材」を求めている
これが、私が現場で最も頻繁に目撃するパターンです。そして、経営者本人が最も気づいていないパターンでもあります。
多くの経営者は、口では「自走する組織を作りたい」「主体的な人材を育てたい」「次世代リーダーとして自分で判断できる人を育てたい」と語ります。研修導入の相談も、こうした言葉から始まることがほとんどです。
しかし、深く対話を重ねていくと、経営者の本音が別のところにあることが見えてきます。
「自分の考えを理解して、その通りに動いてくれる優秀な人材が欲しい」
「余計なことを言わず、こちらの意図を汲んで動いてくれる次世代を作りたい」
「反対意見は困る。方向性は自分が決めるから、実行力のある人が欲しい」
これは、「自走する人材」ではなく、「従順で優秀な人材」を求めているということです。両者は決定的に異なります。
自走する人材とは、自分の判断で動き、時には経営者の意図とは異なる方向を提案する人材です。従順で優秀な人材とは、経営者の意図を的確に読み取り、その通りに実行する人材です。この2つは、根本的に違う存在です。
しかし、多くの経営者は、この違いを自覚していません。「自走する人材が欲しい」と語りながら、実際に部下が自分の意図に反する提案をすると、無意識のうちに否定的な反応を示してしまう。この繰り返しの中で、部下は「本当に求められているのは自走ではなく、従順さだ」と学習していきます。
そして、これは研修でどうにかできる問題ではありません。研修で「自走する力」を身につけた社員が職場に戻っても、経営者の本音が「従順さを求める」ままであれば、その社員はすぐに以前の指示待ち状態に戻っていきます。
このパターンは、次世代リーダー育成の失敗の中で、最も根深く、最も見落とされている構造です。詳しくは、第3章で改めて深く掘り下げます。
パターン2:経営者と研修の方向性がすり合っていない
第二のパターンは、経営者と研修提供者の間で、目指す姿の認識がずれているケースです。
「自走する組織を作りたい」「次世代リーダーを育てたい」という言葉は、経営者と研修提供者の両方が使います。しかし、この言葉の中身が、両者で異なっていることが少なくありません。
例えば、経営者の「自走する組織」の具体的なイメージが、
- 「自分が細かく指示しなくても、自分の意図を汲んで動いてくれる組織」
- 「経営者の想いに共感して、自発的に会社を盛り上げてくれる組織」
- 「経営者の理念を体現する優秀な人材が揃った組織」
だったとします。一方、研修提供者の「自走する組織」のイメージが、
- 「現場が自分の判断で動ける組織」
- 「経営者の意図とは異なる判断も、現場の判断として尊重される組織」
- 「時には経営者に対しても率直な意見を言える組織」
だったとします。両者は、同じ「自走する組織」という言葉を使いながら、まったく異なる姿を目指しています。
このズレを認識しないまま研修を進めると、どこかの段階で必ず衝突が起きます。研修で育った社員が、経営者の意図とは異なる判断をした瞬間、経営者は「これは違う」と感じる。しかし、社員から見れば、まさに研修で学んだ通りに動いているのです。
このパターンを避けるには、研修導入前に、経営者と研修提供者の間で「自走する組織」「次世代リーダー」の具体的なイメージを、丁寧にすり合わせる必要があります。しかし、多くの企業では、このすり合わせが極めて不十分なまま研修が始まります。
私自身、研修導入の相談を受けたとき、まず時間をかけて経営者の本当の意図を確認するようにしています。それでも、事前のすり合わせで完全にズレを解消するのは難しいと感じることが多いのが実情です。
パターン3:経営者自身の関与が足りない
第三のパターンは、経営者が研修を「人事や研修担当者に任せきり」にして、自分は関与しないケースです。
経営者は、様々な業務で忙しい立場にあります。次世代リーダー育成という重要なテーマであっても、実務は人事担当者や研修担当者に任せて、自分は月次報告を受ける程度、というケースが多く見られます。
しかし、次世代リーダー育成は、経営者の関与なしには決して成功しません。理由は3つあります。
第一に、経営者の関与そのものが、社員に対する強力なメッセージになります。「経営者が本気で取り組んでいる」ということが伝わると、参加する社員の姿勢が変わります。逆に、経営者が関与していないと、社員は「これは会社の重要な取り組みではない」と学習します。
第二に、研修で育つ次世代リーダーが本当に力を発揮するには、経営者との対話が不可欠です。経営判断の背景、組織の方向性、経営者の価値観——これらは、経営者本人からしか伝えられません。人事や研修担当者を介した情報伝達では、深いレベルの理解には至りません。
第三に、研修後に社員が変化を見せ始めたとき、経営者がその変化を受け止められるかどうかが、変化の定着を大きく左右します。経営者が変化に気づかない、変化を評価しない、変化を歓迎しない状態では、社員の変化は続きません。
経営者の関与不足は、多くの企業で共通して見られる問題です。そして、これは経営者の意識の問題であると同時に、時間の使い方の問題でもあります。「大切だと分かっているが、忙しくて関与できない」という状態が、多くの次世代リーダー育成を失敗に導いています。
3つのパターンに共通する構造
ここまで3つのパターンを見てきましたが、これらに共通するのは、いずれも経営者自身の意識や姿勢に関わる問題であるということです。
研修プログラムの質、対象者の選定、実施のタイミング——これらの実行面の問題は、経営者側の姿勢が整っていれば、いくらでも修正が効きます。しかし、経営者側の姿勢に問題があれば、どれほど優れた研修プログラムを導入しても、成果は生まれません。
このことに、多くの経営者はなかなか気づけません。「うちの社員が育たないのは、社員のせいではないか」「研修が悪いのではないか」と、外部要因に原因を求めてしまいます。
しかし、次世代リーダー育成に本気で取り組みたいなら、まず経営者自身が「自分の姿勢が、育成の成否を左右している」という事実と向き合う必要があります。この向き合いなしには、どんな取り組みも本質的な成果には結びつきません。
次の章では、実行面で起こる2つの失敗パターンを整理します。
第2章:実行面で起こる2つの失敗パターン
第1章では、次世代リーダー育成の失敗の大半を占める「経営者側」の3つのパターンを整理しました。しかし、経営者側の姿勢が整っていても、実行面でつまずくケースもあります。
ここでは、経営者側の問題とは別に、研修の実行面で起こる2つの失敗パターンを整理します。これらは、経営者側の3つのパターンと比べれば構造的には浅い問題ですが、それでも多くの企業で見落とされ、成果を阻む要因になっています。
パターン4:研修が単発イベントで終わる
私が現場で最も頻繁に目撃する実行面での失敗が、研修を「単発のイベント」として終わらせてしまうケースです。
多くの企業では、次世代リーダー育成の取り組みが、以下のような形で進みます。
外部の研修会社に依頼して、1日または数日の研修を実施する。参加した社員は、研修中は熱心に取り組み、当日は「良い研修だった」「学びが多かった」という感想を残す。研修終了後、参加者はそれぞれの職場に戻り、日常業務を再開する。
そして、それで終わりです。
研修当日は、参加者の意識が確かに変わります。「もっと主体的に動こう」「学んだことを実践しよう」という前向きな気持ちが生まれます。しかし、職場に戻って1週間、2週間と時間が経つと、その気持ちは急速に薄れていきます。日常業務の忙しさの中で、研修で学んだことは徐々に忘れられ、参加者は研修前とほぼ変わらない状態に戻っていきます。
これは、参加者の意志が弱いのではありません。人の行動様式は、単発のイベントで根本的に変わるものではないという、極めて自然な現象です。
にもかかわらず、多くの企業では「単発研修で人が変わる」という期待の下に、研修を実施しています。そして、期待通りの成果が出ないと、「研修が悪かった」「参加者が悪かった」と結論づけて、次の単発研修を探し始めます。この繰り返しの中で、企業は研修コストだけを積み上げ、実質的な成果はほとんど得られていない、という状態に陥ります。
このパターンを避けるには、研修を「単発のイベント」ではなく、「継続的なプロセス」として設計する必要があります。研修当日の学びを、その後の数週間から数ヶ月にわたって継続的に振り返り、実践し、フィードバックを受けるサイクル。これがあって初めて、研修は意味のある成果を生み出します。
パターン5:研修後の実践の場がない
第五のパターンは、パターン4と密接に関連しますが、より具体的な問題です。研修で学んだことを、日常業務の中で実践する場が設けられていないケースです。
研修で「主体的に判断する力」「リーダーとして周囲を巻き込む力」「組織全体を俯瞰する視点」を学んだとします。しかし、職場に戻った参加者に対して、これらの力を実際に発揮できる機会が与えられていなければ、学びは活かされません。
例えば、研修で「主体的に判断する力」を学んだ社員に対して、職場では相変わらず上司の細かい指示の下で動く業務しか任されていない。研修で「リーダーとして周囲を巻き込む力」を学んだ社員に対して、職場では周囲を巻き込むような役割がまったく与えられていない。研修で「組織全体を俯瞰する視点」を学んだ社員に対して、職場では自分の業務範囲以外の情報がまったく共有されていない。
こうした状態では、参加者はいくら研修で学んでも、それを職場で試すことができません。そして、試す機会がなければ、学んだ内容は身につきません。人は、実践を通じて初めて能力を獲得するからです。
このパターンを避けるには、研修と並行して、参加者が学びを実践できる「場」を組織側で用意する必要があります。具体的には、以下のような取り組みが有効です。
- 研修参加者に、通常業務より少し挑戦的な役割を任せる
- プロジェクトのリーダーや、部門横断的な取り組みの担当を任せる
- 定期的に振り返りの場を設け、実践の中で感じたことを整理する機会を持つ
- 上司や管理職層が、参加者の挑戦を意識的に支援する姿勢を持つ
これらは、研修会社側でできることではなく、企業側が主体的に設計する必要がある取り組みです。しかし、多くの企業では「研修を発注したら、あとは研修会社に任せる」という姿勢のまま、この実践の場の設計を怠っています。
研修で学んだことが職場で活かされないまま消えていく——これは、研修に投じた費用と時間を無駄にする、極めてもったいない状況です。しかし、実に多くの企業でこれが起きています。
2つの実行パターンは、経営者の姿勢と繋がっている
ここまで、実行面で起こる2つのパターンを整理してきました。しかし、これらのパターンをよく見てみると、実は第1章で扱った経営者側の3つのパターンと、深いところで繋がっていることが分かります。
研修が単発で終わってしまうのは、経営者が「研修を継続的なプロセスとして設計する」という発想を持っていないからです。研修後の実践の場が用意されないのは、経営者が「研修参加者の挑戦を組織的に支援する」というコミットメントを持っていないからです。
つまり、実行面の失敗は、根本を辿れば、やはり経営者側の姿勢に行き着きます。これは、次世代リーダー育成の成否が、いかに経営者の姿勢に依存しているかを、改めて示している事実です。
そして、この5つのパターンの中でも、最も見落とされ、しかし最も根深い問題があります。第1章のパターン1で触れた「経営者が本音では『自分の言う通りに動く人材』を求めている」という問題です。次の章では、この最も本質的な失敗の構造を、独立した章として深く掘り下げます。
第3章:最も見落とされる失敗の本質 – 経営者の本音と建前のギャップ
第1章のパターン1で触れた「経営者が本音では『自分の言う通りに動く人材』を求めている」という問題は、次世代リーダー育成の失敗の中で、最も根深く、最も見落とされている構造です。
この章では、このパターンを独立した章として、より深く掘り下げます。少し重い内容になるかもしれませんが、これは経営者を批判するためではなく、多くの経営者が陥っている構造的な問題として、正直に扱いたいと思います。
私自身も一人の経営者として、日々このテーマと向き合っています。「自分は本当に自走型の人材を求めているのか、それとも従順で優秀な人材を求めているのか」——この問いは、経営者にとって、生涯を通じて問い続けるべき問いだと考えています。
なぜ経営者は口では「自走」を求めながら、本音では「従順」を求めるのか
この矛盾は、経営者の意識の甘さや、口先だけの姿勢から生まれているわけではありません。多くの場合、経営者本人がこの矛盾に気づいていない、というのが実態です。
経営者が「自走する組織を作りたい」「主体的な人材を育てたい」と語るとき、その言葉に嘘はありません。頭では本当にそう思っています。
しかし、実際に部下が自分の意図に反する提案をしたとき、自分の判断を疑問視する意見を出したとき、無意識のうちに否定的な反応をしてしまう。この瞬間、経営者の本音が現れます。
この本音と建前のギャップは、なぜ生まれるのでしょうか。私が現場で観察してきた限り、いくつかの構造的な理由があります。
理由1:経営者は「自分の判断」に強い自信を持っている
経営者、特に自ら会社を立ち上げてきた経営者は、これまでの人生で「自分の判断」を軸に生きてきた人たちです。会社を作り、事業を伸ばし、組織を作り上げてきた過程で、自分の判断が正しかったという成功体験を積み重ねてきています。
この成功体験は、経営者に強い自信を与えます。そして、この自信は、経営者にとって不可欠な資質でもあります。判断に迷いのある経営者では、組織を導くことはできません。
しかし、この「自分の判断への自信」は、部下との関係性においては、時に問題を生み出します。部下が自分と異なる判断を提案したとき、経営者は無意識のうちに「自分の判断の方が正しい」と感じてしまう。そして、その判断を採用しない、あるいは表面的には受け入れても実行段階では自分の判断に戻す、という行動を取ってしまいます。
これは経営者が悪いのではなく、経営者としての資質そのものが、自走する人材を受け入れることを難しくする、という構造的な問題です。
理由2:「自分の会社」という所有意識が働く
経営者、特に創業者は、会社を「自分のもの」として感じています。これは法的な所有関係だけでなく、心理的な所有意識としても存在します。会社を自分の子どものように、あるいは自分の作品のように感じている経営者は少なくありません。
この所有意識は、経営者のコミットメントの源泉であり、会社の成長を支える力でもあります。しかし、同時に、部下が「自分の会社」に対して勝手な判断をすることへの、強い抵抗感を生み出します。
「自分の会社なのだから、自分の意図通りに動いてほしい」「勝手な方向に進められては困る」——こうした感情は、多くの経営者が持っています。そして、この感情が、部下の主体的な判断を無意識のうちに抑え込んでしまいます。
理由3:失敗のリスクを、部下に任せる勇気が持てない
経営者にとって、判断の失敗は組織全体に影響します。特に中小企業では、一つの判断ミスが会社の存続に関わることもあります。この重みを日々背負っている経営者は、判断のリスクを他人に任せることに、強い抵抗を感じます。
「自分が判断すれば、間違っても自分の責任として引き受けられる。しかし、部下の判断で失敗したら、その責任をどう引き受けるのか」——こうした葛藤は、多くの経営者が抱えているものです。
この葛藤があるからこそ、経営者は口では「主体的に判断してほしい」と言いながら、実際には重要な判断を部下に任せられない、という状態に陥ります。
3つの理由は、経営者としての「まっとうな姿勢」でもある
ここまで3つの理由を整理してきましたが、注目すべきは、いずれも経営者としての「まっとうな姿勢」から生まれているということです。
自分の判断への自信、自分の会社への所有意識、失敗のリスクへの慎重さ——これらは、経営者として組織を導く上で、必要不可欠な資質です。これらを持たない経営者では、そもそも会社を経営することはできません。
つまり、経営者が本音では「従順で優秀な人材」を求めてしまう構造は、経営者の資質そのものから生まれる、避けがたい傾向なのです。この事実を認識することが、この問題と向き合う出発点になります。
この矛盾と向き合うために、経営者ができること
では、この矛盾とどう向き合えばよいのでしょうか。経営者の資質そのものを変えることは現実的ではありません。しかし、この矛盾を意識し、扱い方を工夫することはできます。
私が多くの経営者と関わる中で見えてきた、この矛盾と建設的に向き合っている経営者に共通する姿勢があります。
第一に、「自分は本音では従順さを求めがちだ」という事実を、率直に認めています。この認識がないと、無意識のうちに部下の主体性を抑え込んでしまう自分に気づけません。
第二に、部下が自分と異なる判断を提案したとき、意識的に「一度受け入れて考える」姿勢を保っています。反射的に否定するのではなく、「なぜその判断をしたのか」を丁寧に聞き、その判断の背景にある思考を理解しようとします。
第三に、判断を委ねる範囲を、意識的に決めています。すべての判断を部下に委ねることは非現実的です。しかし、「この範囲の判断は、部下の判断を尊重する」という線引きを明確にすることで、経営者としての判断力と、部下の主体性の両立が可能になります。
これらは、簡単なことではありません。長年身につけてきた反応パターンを変えるには、意識的な訓練が必要です。しかし、この訓練なしには、次世代リーダー育成は決して成功しません。
経営者にとって、これは生涯の課題である
私自身、この問題と日々向き合っています。株式会社K-7を立ち上げてから、組織の中で誰かに何かを任せる場面に遭遇するたびに、「自分は本当に相手の判断を尊重しているか、それとも自分の意図通りに動かそうとしているか」を、自問しています。
正直に言って、いつも理想通りに振る舞えているわけではありません。自分の判断を優先してしまう瞬間、部下の提案を無意識のうちに否定してしまう瞬間、常に発生しています。
しかし、この矛盾と向き合い続けること、自分の中の「従順さを求める本音」を認識し続けることが、経営者としての成長そのものだと感じています。次世代リーダー育成に本気で取り組もうとする経営者にとって、この自己内省は避けて通れない道です。
そして、この自己内省を通じて経営者自身が変わり始めたとき、初めて組織の中で次世代リーダーが育つ土壌が生まれます。研修プログラムを導入する前に、まず経営者自身がこの矛盾と向き合う——これが、次世代リーダー育成を成功させる、最も本質的な出発点です。
次の章では、これまで見てきた5つの失敗パターンを踏まえて、失敗を回避するための4つの視点を整理します。
第4章:失敗を回避するための4つの視点
ここまで、次世代リーダー育成が失敗する5つのパターンと、その中でも最も本質的な問題である「経営者の本音と建前のギャップ」について整理してきました。
では、次世代リーダー育成の失敗を回避するには、具体的にどうすればよいのでしょうか。ここでは、これまで見てきた失敗パターンを踏まえて、失敗を回避するための4つの視点を提示します。
これらは、絶対的な「正解」ではありません。しかし、私が多くの企業と関わる中で、次世代リーダー育成に成功している経営者・組織に共通して見られる姿勢であり、失敗を回避するための実践的な視点です。
視点1:経営者自身が「自分は本当に自走型を求めているか」を自問する
これが、次世代リーダー育成を成功させるための、最も重要な出発点です。
第3章で見た通り、多くの経営者は、口では「自走を求める」と言いながら、本音では「従順で優秀な人材」を求めています。この本音と建前のギャップを認識せずに研修を導入しても、成果は生まれません。
では、どう自問すればよいのでしょうか。以下のような問いを、経営者自身に投げかけてみることをおすすめします。
- 部下が自分と異なる判断を提案したとき、自分は素直にその判断を検討できているか
- 部下が自分の期待とは違う方向で動いたとき、まず「なぜそうしたのか」を聞けているか
- 会議で自分の意見に反対する部下が現れたとき、その反対意見を歓迎できているか
- 部下の判断に任せた結果、多少の失敗が起きたときに、その失敗を受け止められているか
- 自分が組織にいなくても、部下たちが適切な判断で動けている状態を、心から望んでいるか
これらの問いに対して、正直に「はい」と答えられない項目があるなら、そこに自分の本音と建前のギャップが存在しています。
このギャップを認識することは、決して恥ずかしいことではありません。第3章で見た通り、これは経営者の資質そのものから生まれる、避けがたい傾向です。しかし、認識しなければ、対処もできません。まずは自分の本音と向き合うことから、すべては始まります。
視点2:研修導入前に、方向性のすり合わせを徹底する
第1章のパターン2で見た「経営者と研修の方向性がすり合っていない」という失敗を避けるためには、研修導入前のすり合わせが不可欠です。
具体的には、以下のような対話を、研修提供者との間で丁寧に行うことをおすすめします。
まず、「自走する組織」「次世代リーダー」といった言葉について、経営者側の具体的なイメージを言語化します。「主体的に判断できる」「経営者の意図を汲んで動ける」「経営者に対しても率直に意見を言える」——どのレベルの主体性を求めているのかを、具体的な行動レベルで整理します。
次に、そのイメージと、研修提供者が考える「自走する組織」「次世代リーダー」のイメージを、突き合わせます。両者の間にズレがあれば、どちらが正しいかを議論するのではなく、そのズレを丁寧に認識します。
最後に、そのズレを踏まえた上で、研修の目的とゴールを合意します。経営者が求める姿と、研修提供者が育てられる姿の、現実的な接点を探ります。時には、経営者側の要望が研修では実現困難だと分かり、研修導入そのものを見直すこともあります。それでも、事前にすり合わせをする価値はあります。ミスマッチのまま研修を進めるよりも、遥かに良い選択だからです。
このすり合わせは、時間と労力がかかります。しかし、この時間を惜しむと、後で数百万円規模の研修投資が無駄になるリスクを抱えることになります。研修導入前の対話は、投資対効果を最大化する上で、最も重要なプロセスです。
視点3:研修を「点」ではなく「プロセス」として設計する
第2章のパターン4で見た「研修が単発イベントで終わる」失敗を避けるためには、研修を継続的なプロセスとして設計する必要があります。
単発の研修で人が根本的に変わることはありません。人の行動様式は、繰り返しの実践と振り返りを通じて、時間をかけて変化していきます。研修当日は、その変化の「きっかけ」にすぎません。
プロセスとして設計するとは、具体的には以下のような要素を組み込むことです。
- 研修前に、参加者へのヒアリングや事前課題を通じて、当日への準備を促す
- 研修当日に、体験と学びを深める
- 研修後に、定期的な振り返りやフォローアップの機会を設ける
- 研修参加者同士の継続的な対話の場を作る
- 数ヶ月から1年にわたって、学びの定着を組織的に支援する
これらすべてを研修会社に丸投げすることはできません。多くの部分は、企業側が主体的に設計する必要があります。研修会社と企業が協働して、プロセス全体を組み立てる姿勢が求められます。
研修を「イベント」として捉える限り、成果は生まれません。研修を「組織変革のプロセス」として捉え、長期的な視点で取り組むことが、次世代リーダー育成を成功させる鍵になります。
視点4:研修参加者が学びを実践する場を、組織的に用意する
第2章のパターン5で見た「実践の場がない」失敗を避けるためには、研修と並行して、参加者が学びを実践する機会を組織側で意図的に用意する必要があります。
これは、単に「頑張って実践してください」と参加者に丸投げすることではありません。組織として、参加者が新しい行動を試せる場を、意図的に設計する必要があります。
具体的には、以下のような取り組みが有効です。
参加者に、通常業務よりも少し挑戦的な役割や責任を任せます。例えば、プロジェクトのリーダーや、部門横断的な取り組みの担当を任せます。これによって、参加者は研修で学んだ「主体的に判断する力」「周囲を巻き込む力」を、実際の業務で試すことができます。
上司や管理職層に、参加者の挑戦を支援する姿勢を求めます。参加者が新しい行動を試したとき、それを頭ごなしに否定したり、細かく修正したりせず、まず受け止める姿勢が必要です。上司の姿勢が、参加者の学びの定着を大きく左右します。
参加者同士で、実践の中で感じたことを共有する場を設けます。同じ研修を受けた参加者が集まって、「こういうことを試してみた」「うまくいかなかった」「こう感じている」と語り合える場は、学びの定着に極めて有効です。
これらの取り組みは、研修会社ではなく、企業側が主体的に設計するものです。しかし、多くの企業で、この設計が不十分なまま研修が実施されています。研修投資を成果に結びつけるためには、この実践の場の設計を、経営者と人事部門が本気で考える必要があります。
4つの視点は、経営者のコミットメントなしには機能しない
ここまで4つの視点を整理してきました。これらの視点は、それぞれ独立した施策のように見えますが、実は共通する土台の上に成立しています。
その土台とは、経営者自身のコミットメントです。
視点1(自問)は、経営者自身の意識の問題です。視点2(すり合わせ)は、経営者が研修提供者との対話に時間を割く必要があります。視点3(プロセス設計)は、経営者が長期的な視点を持って研修を位置づける必要があります。視点4(実践の場)は、経営者が組織的な支援体制を作る必要があります。
つまり、4つの視点はすべて、経営者のコミットメントがあって初めて機能します。逆に言えば、経営者のコミットメントがない状態では、どれほど優れた研修プログラムを導入しても、成果は生まれません。
次世代リーダー育成に本気で取り組みたい経営者にとって、この事実は避けて通れません。研修を発注して人事に任せるのではなく、経営者自身が主体的に関与し、時間と労力を投じる。この覚悟が、次世代リーダー育成の成否を分ける、最も大きな要因です。
次世代リーダー育成の失敗を防ぐ、最も本質的な第一歩
本記事では、次世代リーダー育成が失敗する5つのパターンと、その中でも最も本質的な問題である「経営者の本音と建前のギャップ」、そして失敗を回避するための4つの視点を整理してきました。
ここまで読んでいただいた方には、私が本当に伝えたかったメッセージが、既に伝わっているかもしれません。それでも、記事の最後に、そのメッセージを改めて言葉にしておきたいと思います。
次世代リーダー育成の失敗を防ぐ、最も本質的な第一歩は、経営者自身が自分の意識と向き合うことから始まる——。
これが、私が多くの企業と関わる中で、そして自分自身も経営者として日々問い続ける中で、たどり着いた確信です。
冒頭のエピソードで紹介した、あの製造業の経営者に、私は結局こう伝えました。
「次世代リーダーが育たない原因は、社員側にあるとは限りません。もしかしたら、経営者ご自身が、本音では『自分の言う通りに動く優秀な人材』を求めているのかもしれません。その本音と、口で語る『自走を求める』の間にギャップがある限り、どんな研修を導入しても、次世代リーダーは育ちません」
この言葉を聞いた経営者は、しばらく沈黙した後、静かにこう答えました。「言われてみれば、私はそうだったかもしれない」と。
この気づきこそが、その企業の次世代リーダー育成の、本当の出発点になりました。研修プログラムをどう選ぶかではなく、経営者自身が自分の内面と向き合うこと。そこから、組織の変化は始まっていきます。
もし今、あなたが「うちの会社では次世代リーダーが育たない」と感じているなら、まず一度、静かな時間を取って、自分自身にこう問いかけてみてください。
私は本当に、自走する次世代リーダーを求めているのか。それとも、自分の意図を汲んで動いてくれる、従順で優秀な人材を求めているのか——。
この問いに正直に向き合うことが、次世代リーダー育成の、本当のスタートラインです。
そして、この向き合いは、決して一度で終わるものではありません。経営者にとって、生涯を通じて問い続けるべきテーマです。私自身も、日々この問いと格闘しています。
もし、この記事を読んで「一度、K-7に相談してみたい」と感じた方がいらっしゃいましたら、どうぞお気軽にお問い合わせください。単なる研修の売り込みではなく、まずは貴社の状況を伺い、次世代リーダー育成に本当に必要なことは何かを、一緒に考えていく時間をお約束します。
また、次世代リーダー育成についてより深く理解を進めたい方には、以下の記事もあわせてお読みいただくことをおすすめします。本記事で扱いきれなかった、組織構造の視点や具体的な研修プログラムについて、詳しく解説しています。